おち とよこさん
(ジャーナリスト・作家)
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あの日から、時間だけは容赦なく過ぎていきます。でもあの日から、一歩も前に進めない人たちがたくさんいます。 そんな痛みに揺れながら、耐えながら、惑いながら、だからこそ何かしなくちゃ、伝えなくては、子どもの幸せを守りたい!…と、子育てを通して体感したあの日のエピソードや連なる思いを記してくれた作品の数々。いずれも唯一無二、選ぶことなどそっちのけで、響きあう言葉の通奏低音に圧倒され、胸が熱くなりました。
線量計が手放せない「恐怖の庭」、放射能が引き裂く家族、失われた「普通」の暮らし、妊婦の不安を温かく迎え入れる「里帰りプロジェクト」、子どもたちの「地震ごっこ」への戸惑い、弾まないボールのようだった心が人に温められて弾み出す「子育てひろば」の保温力、避難親子が安心して涙を流せる「場」の力…。
そして何よりも、うなだれた大人を勇気づけてくれた「子どもの笑顔」の素晴らしさ。「るるるる」、父の手回し充電の音に合わせ、笑顔で踊る2歳の息子の下りに思わず涙が。この笑顔を、そして子どもたちの未来を守らねば。改めて問われている大人の責任をひしひしと感じたのは私だけではないでしょう。これは子どもを愛おしむ眼が真摯に射影した、珠玉の記録集です。
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柴田愛子さん
(りんごの木子どもクラブ代表・絵本作家) |
今回の選考は、重く、辛いものでした。皆さんの原稿を読みながら何度涙をぬぐったことでしょう。特に福島の方の原稿は、現地の方の実情がわかり、実感が迫ってきました。震災直後、そして現在、未来に及んでの思いが綴られています。このとんでもない災害が、全国に波紋を広げたことは言うまでもありません。その地、その地で、子どもに関わる方々の震災後の新たな思いが寄せられています。
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今回のことで、地域力が必要なことを痛感しました。「子育てひろば」や「支援センター」が全国に広がり、その役割をしてくれていることにとてもうれしく思いました。どの方の原稿も、子どもを抱えているからこそ深刻なのだけれど、だからこそ子どもに救われ、未来に向かおうとする力を感じました。やっぱり、子どもはみんなの元気の素です。
まだまだ、緊張感の中での子育てが続いているでしょう。みなさんからお寄せいただいた原稿や写真は、どれも価値あるものでした。この冊子が皆さんの心を支え、励ましになる事を祈って、選考させていただきました。
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新沢としひこさん(シンガーソングライター) |
2011年3月11日、日本中の人がひとつの大きな体験をしました。東日本の広い範囲で多くの人が被害にあったことに加えて、地震の被害の無かった地域でも、毎日繰り返された地震や津波の被害を伝える報道などで、誰もがある意味震災を体験したのです。
あの時、日本のあちこちで、みんないろいろなことを感じ、いろいろなことを考えたのだ、ということを今回のエッセイとフォトたちは教えてくれます。
そして全員が違う体験をし、違う感じ方をし、違う考えを持ち、違う行動をしているのだけれど、たくさんのエッセイを読み、たくさんのフォトを見ればみるほど、それはとてつもなく大きな一つのことなのだ、というふうに僕には感じられました。
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言いたいことがまとまっていなかったり、つたない表現だったり、写真のピントがぼけていたり、というような作品もありましたが、そんなことはあまり関係がなく、全部の応募作品で大きな一つの作品であったろう、と思います。文集の誌面の都合で全作品を掲載することは出来ませんでしたが、その代表的なものを読むだけでも、その向こう側にあるもっとたくさんのいろいろな思いが伝わってくると思います。
このような作品群の審査をする資格など、自分には無いように思われましたが、貴重なものを読ませていただいて、今はとても良かったと思っています。そして、忘れてはいけないということと、まだまだ自分がやるべきことがたくさんあるということを今一度教えてもらった審査でした。
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高野優(たかのゆう)さん(育児漫画家・絵本作家) |
まだ落ち着いていないだろうし、気持ちだって整理できていないはず。そんななか、原稿をお寄せくださったみなさまに、こころから敬意をはらいたいと思います。
たくさんの文章と、たくさんの写真。
胸がぎゅっと苦しくなったり、瞼がじーんと熱をおびて重くなったり、思わずほうっと空を見上げたくなったり。
揺れ動きながら目を通していくうちに、こんなにも多くの方が震災について考え、被災された方達へ思いを馳せていることに、うれしさを感じました。
拙著「よっつめの約束」は、震災で大切な方を失ってしまった大きな人や小さな人に読んでいただきたくて作った絵本です。
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『つらいときはおもいっきり泣こう。うれしいときはおもいっきり笑おう』。そんなメッセージを込めたこともあり、今回、審査の仕事をさせていただくにあたって、私の道はここに繋がっていたのかなと不思議なご縁を感じました。
本という間接的な方法でしか接するすべがない私とはちがい、傷ついた子どもを抱きしめて笑わせ、ときには思う存分泣かせるあたたかな手。戸惑いを隠せない
母親をゆったりと見守りつづけるやさしい目。その手とその目があるかぎり、きっと私たちは何度でも立ち上がれるのかもしれません。
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野口比呂美さん(NPO法人子育てひろば全国連絡協議会副理事長) |
3月11日は東北に住む私にとって忘れることのできない一日となりましたが、皆さんから寄せられた作品を拝見すると多くの皆さんが同じ気持ちなのだと感じました。私はその日、運営している子育てひろば『子育てランドあ〜べ』にいました。停電して非常灯のあかりのなか非常階段をみんなで避難しました。外に出てしばらくすると雪が降り出しました。一週間のみの休館で再開したのは、余震が続くなか「家で自分と子どもだけで過ごすのは不安です」というたくさんの声があったからです。
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子育てひろばのスタッフさんの作品でも、親子が安心してつながる場というひろばの機能がたくさん語られていました。それだけでなく、ひろばが起点となって被災地を応援していこうというメッセージも数多く寄せられ、子育てひろばが多様な力を持っていることを感じました。3・11の経験からの貴重な証言と提案も寄せられました。生と死の境目に居合わせた方からの「生かされた命をむだにしないで」というメッセージはとても重いものです。
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さらに、震災後の原発事故による放射能汚染の問題を抱える地域からは、子育てへの不安な気持ちから親子を支援していく決意まで、この問題のまさに当事者の声がたくさん寄せられました。子どもの健康への影響を恐れて避難指示区域外から避難している親子にとっては、いまだに長い避難生活が続いています。そしてその親子をどう支援していくかという問題は、ひろばに関わる私たちにとっても重大な課題です。
時が経つにつれ、瓦礫が片づけられていくような目に見える変化は少なくなる一方で、いろいろな問題をかかえる家庭が顕在化してくるのかもしれません。子育てひろばはどんな時も、温かくきめ細かな配慮で親子を迎えていきたいと思います。
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